オススメ 予祝事例

フィギュアスケートの羽生結弦さんも予祝をしていた!?

スポーツ選手、芸能人、歌手など

有名人の中に「予祝」を実践している方がたくさんいます!

フィギュアスケートの羽生結弦さんも予祝をしていた!?

2014年のソチオリンピックに向かう飛行機のなかで、

羽生結弦さんは泣いていたのだそうです。

 

イメージのなかで、

最高の演技をした感動で泣いていたのです。

行きの飛行機で、

すでにイメージのなかで金メダルをとり、

先に喜びに浸っていたのです。

だから、実際に金メダルを取ったときのコメントのなかにこんな発言があります。

「飛行機のなかでイメージしすぎて、飛行機のほうが感動しちゃいました」

実際の喜びよりも、イメージのなかでのほうが、もっと喜んでるんです(笑)。

武田鉄矢さんも、この「予祝」で大ブレイク!

フォークシンガーだった若い頃の武田鉄矢さん。

歌が売れなくて、

東京から故郷の博多に帰り、

お母さんに「もう、歌をやめる」と言ったのだそう。

すると、お母さんは

「やめるな!」と。

そして黙って冷酒をついでくれ、

コップを高々とかかげて、こう言った。

「鉄也さん、成功おめでとうございます。かんぱ〜い!!!」

 

鉄也さんは、

「めでたかことは、なーんにもなかばい」と伝えると、

お母さんは「とにかく先に祝おう」と。

いったいなんのことかわからず、

ポカーンとしていると、

お母さんはこう言ったそう。

「おまえには貧乏神が取り憑いている」

え!!!!????

 

「でも、乾杯すればその貧乏神はここまで苦しめているのに、

まだおめでとうとか言ってるよと拍子抜けして離れて行く。

だから一芝居打ってお祝いするんだ」と。

この日、親子で一芝居うち、祝杯をあげたわけです。

すると、

このあと一気にブレイクしていくのです。

 

鉄矢さんは、

これが日本古来の「予祝」だったということを

あとで知るわけですが、

「あの夜は忘れられない」と語っています。

野球の長嶋茂雄さんの予祝例も劇的です!

1959年、

天皇・皇后両陛下を迎えて行われた天覧試合。

巨人VS阪神タイガース。

9回裏で4対4の同点。

両陛下が警備の都合、

野球観戦できる時間は21時15分までだったため、

延長戦に入った場合は両陛下は途中退席になるという状況でした。

9回裏、

この大事な場面に先頭バッターとして回ってきたのが長嶋茂雄です。

天皇陛下が退席されるタイムリミットまであと3分という21時12分。

実は、天覧試合前、

長嶋はスランプのドン底にいました。

だからこそ、本能的に「予祝」をやってのぞんでいたのです。

 

長嶋さんは、試合前日、

最寄りの駅でありったけのスポーツ新聞を買ってきて

自分で見出しを書き込んでいったのです。

用意した赤、青、黄、緑色のマジックで、

新聞一紙ごとに「長嶋、展覧試合でサヨナラ本塁打」などと

大きく書き込んでいった。

「長嶋の一発に尽きる。さすがにゴールデンルーキー。

歴史に残る一発だ」

そんなふうに監督談話まで勝手にマジックで書き上げ、試合前日に先に喜び、祝杯をあげていたのです(笑)。

で、実際の試合はどうなったのか?

すべて予祝通りのサヨナラホームランです。

さらに、1993年のプロ野球のドラフト会議の目玉、

のちに巨人軍不動の4番となる松井秀喜選手の交渉権を獲得できたのも予祝です。

なんと前日、自宅で、

くじ引きをして松井を当てて先に喜ぶ予祝をしていたのです!(笑)

さすが長嶋監督!

めでたく、松井秀喜選手の交渉権を獲得しています。

ソフトバンクの孫正義さんも!

プロジェクトを立ち上げる際は、

先に部屋のなかでガッツポーズをして、

そのプロジェクトが成功したときのことをイメージし、

先に喜びに浸るのだそう。

まさに前祝い、予祝です。

ひすいこたろう・大嶋啓介『前祝いの法則』フォレスト出版 (2018/6/8)

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